私はかつて、目に見える数字と、積み上げた実績、実証されたロジカルな思考だけを信じて生きる、徹底した現実主義者でした。
埼玉県内の進学校から、都内の国立大学へ。在学中に国家資格を取得し、卒業後は大手企業でキャリアを積む。当時の私にとって、人生とは「努力と知識でコントロールするもの」であり、スピリチュアルや目に見えない世界の話は、非科学的で「うさん臭いもの」の代名詞に過ぎませんでした。
何か問題が起きれば、知識で武装して解決する。
「魂」や「ハイヤーセルフ」なんて言葉を使う人は、現実逃避をしているだけ。本気でそう思っていたのです。
私の人生観を根底から揺さぶったのは、2024年6月、第3子である長女を天国へ見送ったことでした。
動かなくなった娘を前にして、私がそれまで積み上げてきた知識は何の役にも立ちませんでした。「娘はいったいどこへ行ったのか?」「存在そのものが消えてしまったのか?」
狂ったように本を読み漁り、答えを探し続ける中で、私はある真理に出会います。
「肉体は一時的な乗り物(レンタカー)に過ぎず、私たちの本質は永遠の魂(ドライバー)である」
私たちはつい、人生という旅の途中で、「レンタカー(肉体や状況)」についた傷や故障を、自分自身の傷のように感じて一喜一憂し、疲れ果ててしまいます。けれど、本当の自分はハンドルを握り、行き先を決めている「運転手」そのものです。車がどうあれ、運転手である自分自身が損なわれることはありません。
そして、ひとつの旅を終えてレンタカーを返却しても、運転手である魂が傷つくことはなく、また別の姿で新しい旅を始めることができる。娘との別れは「終わり」ではなく、娘の魂がひとつの旅を終え、また次の光へ向かうプロセスに過ぎない。魂は永遠の存在であり、娘の魂は今も生きている。そう思えたとき、閉ざされていた私の世界に、初めて温かい光が差し込みました。
知識として「魂」を理解し始めた私に、決定的な確信を与えたのは、皮肉にも私の「身体」でした。
長年、私は寝ている間の深刻な「歯の食いしばり」に悩まされていました。夫の不調をきっかけに出会った気功整体で施術を受けた際、頭の両脇を締めつけていたネジが「ポロリ」と外れたような、衝撃的な頭の軽さを体験したのです。
「頭に邪気(じゃき)が溜まっていましたよ」
先生のその言葉とともに、長年の食いしばりが、その日からピタリと止まりました。
「目に見えない滞りを取り去るだけで、肉体がこれほどまでに納得するのか」
この実体験こそが、私を「目に見えない世界」を信じるきっかけとなり、「地に足のついたヒーリング」の世界へと突き動かしてくれました。
「この軽やかさを、どうにか自分自身の手で維持できないだろうか?」
他力本願ではなく、自分で自分のコンディションを整える術を求めて、私の新たな試行錯誤が始まりました。私がこだわったのは、特別な才能を必要とせず、誰がやっても効果が出る「高い再現性」です。
まず惹かれたのは、天然石(ストーンヒーリング)でした。「石を配置して横になるだけ」という手軽さは、忙しい日々を送る私にとって理想的でした。特にブラックハライト(岩塩)を用いたヒーリングでは、自分の中から邪気が猛烈に抜けていき、思考が驚くほどクリアになる感覚に衝撃を受けました。
次に、身体のメンテナンスとして欠かせなくなったのが音叉を用いたヒーリングです。当初は半信半疑でしたが、妊娠中のひどい腰痛や肩こりに128Hzの音叉を直接当ててみたところ、ガチガチだった筋肉が魔法のように緩んでいくのを体感しました。さらにソルフェジオ周波数の音叉は、鳴らすだけでチャクラが整い、心がふわっと解放される感覚を教えてくれました。
そして、目に見えないエネルギーの循環を助けるレイキ。これらのツールは、私自身の心と身体を実験台にして、その確かな効果を一つずつ積み上げてきたものです。「理屈」を超えて「体感」が答えを出してくれる。その信頼感こそが、私のヒーリングの土台となっています。
出産を経験する前の私は、自分のことを「感情の波が少なく、常に冷静で穏やかな人間だ」と思っていました。 学生時代も、社会人としてキャリアを積んでいた時期も、人に対して感情を露わにすることなど、ほぼ皆無。
しかし、育児という未知のステージが始まった途端、その自己像は音を立てて崩れ去りました。
子供は本当にかわいい。目に入れても痛くないほど、いとおしい存在です。 それなのに、その愛おしさとは裏腹に、自分でも戸惑うような鋭い感情が心の奥底から湧き上がってくる。思い通りにいかないもどかしさや、ワンオペ育児の張り詰めた空気の中で、どうしても抑えきれない「怒り」の衝動が突き上げてくるのです。
アンガーマネジメントの本を何十冊読んでも、脳科学的なアプローチで理解しようとしても、理屈ではどうしても処理しきれない。本来の自分を見失ってしまうような感覚に、夜な夜な自分を責め、「私はなんてダメな母親なんだろう」と絶望の淵に沈んでいました。
でも、ヒーリングを通じて「自分の周波数を整え、不要なエネルギーを抜くこと」を覚えた今、ようやく分かったことがあります。
あんなに苦しかった感情の揺れは、私の性格の問題でも、母親としての適性がないからでもありませんでした。ただ、自分ではどうしようもないほど、心身の「周波数(波長)」が乱れていただけだったのです。
イライラも、悲しみも、自分を責める心も。 それはあなたの本質ではありません。 ただ、今は調律が狂ったように、あなたの周波数が本来の心地よい音を奏でられなくなっているだけ。
自分の周波数を丁寧に調律し、溜め込んだ重たいエネルギーを手放すことができれば、あんなに荒れていた心は静まり、自然と深い感謝と安らぎが溢れるようになります。
私の人生を大きく変えたのは、前述の通り長女との別れ、つまり命の「出口」に立ち会ったことでした。
それまでの私は、目に見えない世界をどこか「怪しいもの」と嫌煙していましたが、娘を見送る絶望の中で、理屈では説明できない「魂の温もり」や「癒やしの光」を確かに肌で感じたのです。この「出口」での体験が、娘はまだどこかに存在しているという確信に変わっていき、魂が永遠であるという心理にたどり着かせてくれました。
そしてもう一つ、私を支えているのは、命の「入り口」での力強い体験です。 全出産のわずか0.1%とされる助産院分娩を3回経験し、2026年3月には自宅出産という新たな挑戦を控えています。医療に全てを委ねるのではなく、自らの意志で命を産み出す主体的なお産は、赤ちゃんの「産まれてくる」という意思を強く感じさせるとともに、私に女性としての圧倒的な生命力と自信を教えてくれました。
「出口」で見つけた不思議な実感と、「入り口」で手にした揺るぎない強さ。 この両方の景色を見つめてきたからこそ、私には、形にしたい世界があります。
命の「出口」と「入り口」という循環を肌で感じてきた探求者として、私は現在、3つの柱をライフワークとして活動しています。これらは私自身の魂の表現であり、受け取った愛を社会へ還していくための大切な祈りでもあります。
わが子を亡くした悲しみの涙は、心を洗う「浄化の雨」。新月の夜に、雨上がりの虹を。同じ痛みを知る親御さんへ贈る、無料遠隔ヒーリングの活動です。かつての私がそうであったように、重い鎧を脱げずにいる方へ、無償の愛と安らぎを届けます。
お産は、女性が自らの内に眠る圧倒的な力を取り戻す、神聖なプロセスです。医療に身を委ねるだけでなく、自らの身体と赤ちゃんの生命力を信じ切り、主体的に命を迎える尊い体験を、より多くの女性が選択できるように、自身の体験の発信などを行っています。
「魂はどこから来て、どこへ還るのか」「目に見えない絆とは何か」。大人も子供も、命の不思議を当たり前に語り合える世界を目指して。娘が教えてくれた目に見えない大切な物語を、一冊の絵本として形にする制作活動を行っています。
かつての私のように、「理屈では分かっているのに、心や体が変われない」と悩むあなたへ。
私は、スピリチュアルをどこか懐疑的に見ていました。だからこそ、PALLASIAが提供するのは、単なる「癒やされた気分」になるだけのものではありません。
量子力学や脳科学の視点から見れば、私たちの感情や思考、そして身体の不調さえも、すべては固有の「周波数」の現れです。
社会の中での役割、誰かのための自分、そして消えない悲しみ。 それらを一度横に置き、本来のあなたへと還る。
PALLASIAは、あなたが深く呼吸をし、自らの内側に「答え」を見つけるための聖域でありたいと願っています。
2020年 助産院で第一子(長男)を出産
2022年 助産院で第二子(次男)を出産
2024年 助産院で第三子(長女)を出産、生後4か月で逝去
2025年 クリスタルヒーリング習得
レイキセカンドディグリー習得
2025年 PALLASIA設立
2026年 自宅で第四子(三男)を出産予定
日本音叉ヒーリング研究会認定 音叉セラピスト(修了予定)
私は現在、IT企業にて正社員として勤務しています(2026年12月~、産休・育休中)。IT業界という変化の激しい場所で、論理や数字、人間関係に向き合ってきた経験は、今の私の「地に足のついたヒーリング」の土台となっています。
「目に見えない世界」を大切にしながらも、現代社会を生きる一人の女性として、母として、そして会社員として。多面的な視点を持っているからこそ、あなたの現実に即したアドバイスや調律ができると信じています。